戦場のメリークリスマス雑感

「戦場のメリークリスマス」の4K修復版を近くの映画館でやっていたので見に行ってきました。
大島渚監督の有名作品で、テーマソングはもちろん聞いたことがありますが、映画自体を見るのは初めて。興行の最終日、最終時間に滑り込むと、(いつも少数の映画館にしては)結構人が入っていたのですが、会話を聞いていると私のような初見の方も結構いたようです。

あらすじ

1942年戦時中のジャワ島、日本軍の俘虜収容所。収容所で起こった事件をきっかけに粗暴な日本軍軍曹ハラ(ビートたけし)と温厚なイギリス人捕虜ロレンス(トム・コンティ)が事件処理に奔走する。一方、ハラの上官で、規律を厳格に守る収容所所長で陸軍大尉のヨノイ(坂本龍一)はある日、収容所に連行されてきた反抗的で美しいイギリス人俘虜のセリアズ(デヴィッド・ボウイ)に心を奪われてしまう。クリスマスの日にハラは「ファーゼル・クリスマス」と叫んでロレンスとセリアズを釈放してしまう。それに激怒したヨノイは捕虜の全員を命じるのだが、周囲からの孤立を深める結果になり、葛藤に苦しむのだった。

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有名な4役

戦場のメリークリスマスといえば、やはり有名なのは4人の役と役者。
役者と言ってもミュージシャンやコメディアンなど、異色のキャスティングが多いのも特徴でです。

ハラ軍曹(北野武)

ハラ軍曹はいかにも叩き上げの日本の軍人という役どころですが、なぜか捕虜との通訳を務めるロレンスを気に入っていたり、罪を犯した軍人を戦死扱いにすることで家族に恩給を与えようとしたりと、人情味を感じさせる人物でもあります。
北野武の少し顔を歪ませるような不器用な笑い方が、冷酷なのに人懐こいような、そんな不思議なハラ軍曹の役に似合っていると思いました。
たしかこの頃はまだ「北野武」という名前は出てなかったよなと思いましたが、クレジットでは「TAKESHI」という表記になっていました。

ジョン・ロレンス(トム・コンティ)

ロレンスは捕虜と日本軍の通訳を務め板挟みになるという役どころ。
捕虜長からは日本の犬的な感じで嫌味を言われ、日本軍には見せしめのように殴られたり、処刑されかかったりという、胃が痛くなりそうな立場ですが、「個々の日本人を嫌いたくはない」と、日本全体の軍国主義と個人を分けて考える聡明さ、優しさを持ち続けられる人物です。
トム・コンティは英語と日本語で演じていて、正直日本語はなんと言っているのかわからないところも多いのですが、要所要所の感情などはしっかり伝わってくるのは彼の演技力の賜物でしょうか。
他のメンバーがデヴィッド・ボウイに北野武、坂本龍一という異色キャスティングの中で彼だけが正当な俳優であり、だからこそ「ロレンス」として自然に存在しているという感じが際立っていました。

ジャック・セリアズ(デヴィッド・ボウイ)

セリアズは昔自分が見捨てた弟に対して罪悪感を感じていて、自分の人生を捨てているところがあるのですが、自殺願望があるということでもなく、自分が守るべきものをきちんと守ることで罪を償って死にたい、と感じているようなところがあります。デヴィッド・ボウイの左右に異なる独特な瞳の魅力なのか、意思の強さや、現実にいながらもどこか違う世界を見ている感じがセリアズにあっていると思いました。

ヨノイ大尉(坂本龍一)

ヨノイ大尉は226事件で自決した将校たちの仲間で、そのときには満州にいて計画に加われなかったことから「死に遅れた」という意識を持っています。坂本龍一さん自体の雰囲気もあるのでしょうが、潔癖さ、真面目さ、自身のピュアでロマンチストな一面を隠すような峻厳さなどがよく現れていました。

ジャック・セリアズとヨノイ大尉のそれぞれに見ているもの

劇中ではセリアズとヨノイ大尉の関係が大きな焦点ではあるのですが、それは愛情というものでもなく、何となくお互いにちぐはぐだなというのが気になっていました。

セリアズはヨノイ大尉の何故か自分を慕うような振る舞いに戸惑いを感じながらも、大尉のある種ピュアな部分を、守れなかった自分の弟と重ねている部分があるように思いました。
物語のクライマックスで、捕虜長に斬りかかろうとするヨノイ大尉の前にセリアズが立ちふさがり、ヨノイ大尉を抱きしめて頬にキスをする場面があります。
最初はセリアズは捕虜長を守りたかったのかと思いましたが、おそらくあの時彼は精神的に追い詰められていたヨノイ大尉の方を守りたくて動いたのでしょう。キスシーンというと恋愛的なものを感じさせますが、あの時の頬へのキスはどちらかというと、弟をなだめるような、落ち着かせて守るようなものだと感じました。
自分を慕い愛している者を守れなかったというのが彼の人生で最大の後悔なので、今こそ自分の命をかけてそれを全うしたかったのかなと。それはヨノイ大尉への気持ちというよりも、自分の使命からの行為という感じがしました。

一方のヨノイ大尉は「226事件で死に遅れた」身として、死んでいった仲間たちを常に追っているようなところがあります。最初にセリアズと出会った時、ヨノイ大尉は彼のなにかに魅入られるのですが、おそらく死を恐れていないセリアズの瞳に226事件の仲間たちを見たのではないでしょうか。
実際にセリアズが銃殺刑に処される時も、ヨノイ大尉はわざと空砲を撃たせてセリアズの反応を見ますが、セリアズは瞳を開いたまま、決然たる態度で死に臨みました。
おそらくその時から、ヨノイ大尉にとってはセリアズは226事件の仲間達の象徴のようなものになり、どうしても彼を生かしたいと考えるようになったのではないかと思います。
セリアズがヨノイ大尉の頬にキスをした後、ヨノイ大尉は膝から崩れ落ちてしまうのですが、あの瞬間、彼は長年の「死に遅れた」という自身の罪から許されたと感じたのではないでしょうか。

二人はどちらも決して相手を理解してはおらず、自分の世界でだけ見ているのですね。まあ理解し合うような時間やコミュニケーションもないので当然ですが。
このため、あのキスシーンは映画のクライマックスではあるのですが、セリアズとヨノイ大尉の通じ合った愛というものではなく、お互いがお互いを通じて自身の罪を昇華させるという、一方通行同士のものであったと思います。
だからこそその純粋さが際立ち、それぞれの罪が許されることで、より美しいシーンになったのではないかと思いました。

自身の罪を覆したセリアズはそれから生き埋めにされるというひどい殺され方をしますが、それでも彼の心境としては平穏で満足だったのではないかと思います。
また、死に際にセリアズの髪を切り取り敬礼したヨノイ大尉も、やはり自身の罪を許されたことでセリアズを崇拝し、彼の髪を仲間たちの象徴として神社に奉納したかったのではないでしょうか。

ローレンスとハラ軍曹

一方、ローレンスとハラ軍曹も不思議な関係で、ローレンスは捕虜の身でありながらどこか遠慮がなく、人間として日本兵と向き合っています。ハラ軍曹もローレンスを友人のような特別な捕虜として扱っているのですが、ハラ軍曹自身はそれを戒めようとしているところもあり、そのせいで時々見せしめとしてローレンスはハラ軍曹に殴られたり処刑されかかったりと、ちょっとかわいそう。。

人間的な愛情で言えば、セリアズとヨノイ大尉よりも、ローレンスとハラ軍曹のほうがお互いに愛情というか親しみを持っている感じがしますね。私はハラ軍曹の方がローレンスに情を感じているように思いました。

ハラ軍曹はローレンスに「なぜ捕虜になって死を選ばない。俺はおまえが死んだらもっとおまえが好きになったのに」と軽く伝えますが、これも前提としてローレンスという個人に尊敬や親しみを感じているからこそのセリフですよね。
この後で冤罪のためにローレンスを処刑しようとするのですが、それも単に責任を押し付けるのではなく、ローレンスに軍人としての死を与えたい、そうすることで(ハラ軍曹の感覚として)軍務を全うさせてあげたい、ということだったのかなと思いました。
処刑を伝える場面では、ハラ軍曹は日本人の軍人の葬式としてずっとお経を読み続けます。ローレンスが怒り、暴れて祭壇を壊しても動じず、ひたすら経を読み上げるハラ軍曹は、あのとき日本の軍人に向けてではなく、ローレンスのために経をあげていたのかなと思いました。

しかしその後、クリスマスの夜、処刑が決まったローレンスとセリアズをハラ軍曹は酔っ払った勢いで釈放します。「わたし、ファーデル・クリスマス(サンタクロース)」と陽気に酔っ払うハラ軍曹ですが、おそらく酔っ払った勢いではなく、ここで二人を処刑をすることは自分とヨノイ大尉のエゴでしかないということに気がついたのではないでしょうか。
実際、その後でヨノイ大尉に「私もあなたもこれ以上特別なことをするべきではない」というかんじで忠告しています。

物語の最後では終戦を迎え、ハラ軍曹は死刑判決を受けます。その前日に会おうと連絡を取ったのがローレンスだったというのも、二人の間の(というかハラ軍曹の)特別な親しみを感じさせます。

どんなときでも死なないことを決意しているローレンスと、死を受け入れているハラ軍曹の会話シーン。二人は常に異なる立場、異なる視点に立ちながら、対等な友愛を結んでいるということが印象的でした。

そして最後のハラ軍曹の笑顔の美しさ。
正直、このラストの画が素晴らしすぎてその前のストーリーがどうでも良くなってしまうくらいなのですが、やはりハラ軍曹とローレンスの特別な友情があり、その上での「メリークリスマス、Mr.ローレンス」という祝福は沁み入るものがあります。

思い込みで見ている部分が大きいので、大島渚監督が撮ろうとしたものやその意図が汲み取れているわけではないのですが、それぞれのキャラクターや役者さんの個性が生きつつ、一つの世界として成り立っているところがやはり名作なのだなあと思いました。
スクリーンでこの作品を見ることができてよかったです。