毎回人気の落語家さんを呼んでくださるみなみ寄席ですが、今回はもう11回目の来鹿となる柳家花緑師匠でした。

こんなに来てくださっているのに、花録師匠の高座は初めて。
写真のイメージで、勝手に割りと軽い噺家さんかななどと思っていたのですが、実際に聴いてみると、泥臭くて人間味があって、非常に客席と近い、素敵な独演会でした。

「小さんの孫」ではもったいない

ご一緒させていただいた方から、花録師匠はマクラが面白いと聞いていましたが、実際に最初から勢いがあって聴きごたえがありました。
話していることといえば最近あったことだったり、わりとなんでもないネタなのですが、花録師匠のある意味フツウな話しぶりで聴くと途端に笑えます。

マクラでも少し触れられていましたが、花録師匠は柳家小さん師匠のお孫さんでもあります。小さん師匠は実際に名人でしたし、昔永谷園のお茶漬けのCMにも出られていたことで一般の方にも広く知られているので、良くも悪くも「小さんの孫」というレッテルは非常に大きいものなのだと思います。
しかし実際に噺を聴くと、オリジナルの語り口と作品への想いがとても伝わってきて、もはや「小さんの孫」という肩書だけではもったいない噺家さんだなと感じました。

説得力のある「文七元結」

今回とても良かったと思ったのは最後の「文七元結」でした。もちろん、好きな演目なので聴けて嬉しかったというのもありますw

普段は柳家喬太郎師匠の噺を聴くことが多いのですが、特に喬太郎師匠の演じる、吉原の妓楼「佐野槌」の女将さんの話しぶりはとても素敵です。酸いも甘いも噛み分けた女将の貫禄が存分に出ていて、また他の人物の演じ分けも素晴らしく、「見たいものを見せてもらっている」という安心感があります。

花録師匠の「文七元結」は、女性を演じるという点についてはあまりうまくないかもしれませんし、ところどころ噛んだりすることもあるのですがw、この噺の一つのキモである「娘を売った虎の子の50両を、見ず知らずの小僧に渡すのか」という長兵衛の葛藤、そしてその理由が、強い説得力を持って演じられていました。

ここで小僧に50両を渡すことで、娘は苦界に沈む、妻はきっと狂う。でも娘も妻もそれでもきっと生きている。
そう言い切る長兵衛のセリフは、かなり重たいものでしたが、どんな状況でも生きるという強い意志があり、その泥臭さに思わず涙がでるほどでした。

また、今回は鹿児島という土地柄もあり、金を渡した小僧さんに「金毘羅様でも西郷さんでもいいから娘の為に祈ってくれ」というアドリブが入っていましたw
単に地方サービスなのだと思いますが、元々この「文七元結」は『明治維新前後の東京で薩長の田舎者が幅をきかせるご時世に、江戸っ子の気風を見せつけるために作られた噺』だという説があります。
その説を念頭に聴くと、薩長憎しの江戸っ子が、娘のためにはその象徴の西郷さんにでも祈ってくれと頼むという、長兵衛さんの深い親心をも感じることができるかもしれません。
ちょっと深読みですが、鹿児島ならではの楽しみでしたw

私にとっては今回が初めての花録師匠でしたが、ぜひ今後の寄席も伺いたいと思う噺家さんでした。

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