音楽フェスのために滞在していたオストラヴァですが、ポーランドとの国境よりのこの街は実はアウシュヴィッツに近い位置にあります。
同行のAちゃんが旅行前に「アウシュヴィッツに近いので行こうかな」と言っていたので、私も一緒に行かせてもらうことにしました。

実際に行ってみたアウシュビッツは当時の遺物などがかなりの数展示されていて、また実際に多くの方が殺されたガス室や、独房、処刑場などに入ることができ、歩いているうちにいろいろなことを考えさせられる場所でした。
とても重苦しい気持ちになりましたが、、それでも行ってよかったと思える場所でした。

日帰りでの旅程

バスや電車の時刻表を見た結果、日帰りができそうだったのでそうすることに。
私たちの旅程はこんな感じでした。

4:50 オストラヴァ中央駅からFlixbusでカトヴィツェへ
(Ostrava hl.n – Katowice Bus Station)
6:05 カトヴィツェ着:バスステーションから歩いて10分の駅へ

8:24 カトヴィツェから電車KSLでオシフェンチムへ (Katowice – Oświęcim)
9:15 オシフェンチム駅着:歩いて15〜20分でアウシュビッツ・ビルケナウ博物館へ

※ツアーの予約ができなかったので、到着後1時間チケット売り場に並んでツアーチケットを購入

11:30 アウシュビッツ内のツアー開始
12:30頃 シャトルバスに乗ってビルケナウ(第二収容所)へ

14:00頃 見学を終えてオシフェンチム駅に到着

※本当は14:43発の電車でカトヴィツェに帰ろうと思っていたのですが、これは平日限定の電車で、私たちが行ったのは土曜日だったので乗車できず、、一本後の17時台の電車にのることになりました。

17:34 オシフェンチムから電車KSLでカトヴィツェへ
18:28 カトヴィツェ着

20:15  カトヴィツェバスステーションからFlixbusでオストラヴァ中央駅へ
21:30 オストラヴァ中央駅着

帰りの電車が予定より一本遅れたので帰りが遅くなりましたが、その分ゆっくりご飯を食べたり買い物を楽しめたので良かったです。

アウシュヴィッツ博物館の予約

通常は行く前に博物館のウェブサイトからガイドツアーの予約をしますが、私たちが実際に行く日を決めたのが1週間前だったので、すでにウェブサイトからの予約は満員になっていました。

予約手順はこちらの記事を参考にさせていただきました
▼ポーランドなび
http://witam-pl.com/2016/02/23/blog74/

▼公式予約サイト
https://visit.auschwitz.org/?lang=en

また、アウシュビッツには日本人ガイドの方が1名いらっしゃるので、メールで申込みをしてみましたがこちらもすべて満員になっていました。
(日本人ガイドの方はお忙しい中早めに返信をくださってとても助かりました!)

・・・というわけで、ちょっとドキドキしながら予約無しで行くことに、、

予約なしでも大丈夫でした

結果、チケット売り場に結構並びますが、ツアー自体はたくさん用意されていて問題なく参加できました。
私たちは売り場に1時間並び、その後30分後のツアーに参加できました。

もちろん売り場に並ぶ時間がもったいないので事前予約していったほうがいいですが、予約できなくても「ツアーが満員で中に入れない」ということはなさそうでした。

※当日チケットを買う方はパスポートの提示が必要なのでご注意を

ポーランドズウォティも必要でした

ちなみにガイドツアーの料金はカードで払えるのでいいのですが、お水やパンフレットを買ったり、トイレに行ったりするのにはポーランドの通貨・ズウォティが必要でした。
私はカトヴィツェ駅で2000円分くらいのズウォティをATMで引き出しましたが、いろいろ買っているうちに使い終わってしまったのでちょうどよかったです。

アウシュヴィッツのガイドツアー

ガイドツアーは参加前に荷物の中身やボディチェックがありますので、開始の15分ほど前にボディチェックを受ける列に並んで、ガイド用のヘッドホンなどを受け取ります。
夏場は結構暑いので、水を持っていた方がいいです。
また私たちは英語の理解力が不安だったので売店で日本語のパンフレットを買っておきました。

ガイドさんについていきながら収容所のあちこちを回ります。
当時の建物が展示室になっていて、ユダヤ人やジプシーなど、様々な人達がどのようにしてこのアウシュヴィッツに集められたか、そして着いてすぐにどのような選別が行われたかが紹介されています。

展示物には、たくさんのカバンや靴、切り取られた髪の毛などもありました。
どんなにたくさんの人達が、なけなしの財産を持ち寄って逃げてきて、そしてそれを取り上げられ、殺されていったかが伝わります。

写真を撮ることもできたのですが、途中からとても撮れなくなってしまいました。

ビルケナウ第二収容所

アウシュヴィッツのツアー後はビルケナウ第二収容所へむかいます。アウシュヴィッツとビルケナウの間はシャトルバスがずっとぐるぐる運行されているので、それに乗ればOKです。

ビルケナウはアウシュヴィッツよりも広く、残されている建物は多くありませんが、ガス室の残骸や子供や女性が死ぬ前に入れられていた粗末な小屋などを見学することができます。

この日はよく晴れたとてもいい日で、アウシュヴィッツもビルケナウも、何も知らなければのどかな田舎の素敵な散歩道のように見えました。
でもほんの数十年前には、ここで何万もの人たちが苦しんで死んでったのだと知ると、、そのギャップが本当にショックでした。

現代でもロヒンギャなど迫害されている民族は大勢いますし、将来このようなことがまた起こる可能性は低くないと思います。
そういったことを考え出すと非常に暗い気持ちになってしまいますが、、ここに来ることでその恐ろしさを肌身で感じられたのは良かったのかもしれません。

少なくとも私はこのようなことの直接の被害者にも加害者にもなりたくないと思いましたし、今日本が戦争をしていないということをとてもありがたく感じました。
もちろんどこかの戦争や内紛が知らず知らずのうちに私たちの利益になっているということもあるのでしょうが。。

予習本:夜と霧


ヴィクトール・フランクル 「夜と霧」

ちなみに、私は予習本としてヴィクトール・フランクル博士の書いた「夜と霧」という本を持っていきました。実際にアウシュビッツに収容され生き延びたフランクル博士が当時のことやこういった状況での人間の精神の移り変わりを記したものです。

文庫本がないのでかさばりますが、事前にこれを読んでおくことで、実際にアウシュビッツを歩きながら当時の様子を想像できましたし、ガイドさんの英語がよく理解できないときも本の知識で補う事ができました。

博士は実際にアウシュヴィッツに収容されて日々を過ごし、いくつもの幸運が重なって生き残ることができました。

人間はアウシュヴィッツのような環境にいると隣人が亡くなることにも何の感情も持てなくなると書いてありましたが、ただしそういう環境の中でも人間としてまっとうな気持ちを持つ人達もいた。と書いています。
博士自身も、収容所時代に「死ぬなら医師として死にたい」と、伝染病の蔓延する病院の医師に自ら志願しました。

いざ自分がこの状況になった時に、果たしてそんな人間になれるのかどうか、非常に怪しいですが、、、
本当に様々なことを考えさせられる場所でした。

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