月曜日のユカ


たまには古い映画の気分で見てみたのが、加賀まりこ主演の「月曜日のユカ」。

加賀まりこの伝説の美少女時代、そしてめちゃくちゃ好青年な中尾彬が見られる貴重な映画。

容貌の可愛らしさもさることながら、DVDのパッケージにもなっている加賀まりこの背中、ヒップ、とにかくプロポーションが素晴らしい。
生身の女性というよりは人形のようで、男性だけでなく女性も見惚れてしまうような美しさがある。

中尾彬のちゃきちゃきした好青年ぶりも素晴らしい。
「よぉ!」というのが口癖の、いかにもこの時代のハマっ子という感じ。
映画自体も面白い手法がいくつも取り入れられていて、この時代の実験的な映画だったのだろうと感じた。

あらすじ

様々な国の人々が行き交う横浜のあるナイトクラブで働く女ユカは、男を喜ばせることが自分の喜びといい、様々な男と寝るが、けしてキスはさせないことで有名。
一人のパトロンのパパがおり、初老の彼を喜ばせようと一生懸命に尽くしている。
同時に恋人の修もおり、ある日曜日、ユカは恋人とデートをしているときにパパを見かける。彼は家族と街を歩き、娘に人形を買ってやって幸せそうに笑う。
「私が一生懸命頑張ってもあれほど喜んでくれない」とショックを受けたユカは、自分も人形を買ってもらうことでパパを喜ばせようと計画する。
恋人の修に「日曜日に人形を買ってもらってパパを喜ばせる」と話すと「それは違う」と諭されるユカ。ユカはなぜ違うのか理解できず、「日曜は家族の時間だ」と言われると、「じゃあ月曜日でいいわ」と返す。
月曜日、ユカは自分の母を連れ、娘になるつもりでパパを訪ねると、困ったパパに追い返される。夜に部屋に訪ねてきたパパは、買ってきた人形を渡し、自分の仕事のため取引先の船長と寝て欲しいと頼む。
修はこれを聞いて怒り、船に向かおうとするが、事故で死んでしまう。ユカは船に案内され船長と寝るが、拒否していたキスを強引にされ、そのことにショックを受ける。
パパは彼女を労りながら連れ出すが、港で聞こえてくる音楽を耳にし、パパに踊りましょうと提案する。
波止場でくるくると踊るユカとパパ。そのうちパパは足を踏み外し、海に転落してしまう。
しゃがみこんだユカは溺れるパパをじっと見つめ、彼が沈んだあと、颯爽と歩いて行く。

キスをしないユカ

ユカは様々な男と寝て、彼らを喜ばすことが喜びだと感じている珍しい女だけど、これは彼女の母親と信仰するキリスト教に関係があるよう。
ユカの価値観は母から大いに影響を受けている。

彼女の母は身体を売っており、ユカが小さい頃はそれを目撃してしまうこともあった。
事あるごとに、男を喜ばせ、愛することが女の存在意義であるとユカに語る母。
おそらくユカは人並みの家庭の幸せを知らずに育ったのだろう。

男が喜び、金や愛情を貰うことで母が喜ぶ、それがユカの幸せにもつながる。

そんな子供時代だったと考えると、パパの親としての喜びを理解できないのも仕方がないのかもしれない。
そしてユカは教会にも熱心に通うキリスト教徒だ。幸せの喜びと快楽の悦びの区別がつかないユカは、男と寝る、喜ばせるということが信仰にもつながると思っている。

一方でユカはけしてキスを許さない。
これはキスは愛する人と…と考えているのではなく、キスを悪いものと思っているから。
映画の後編、短いカットでこれが明かされる。

小さい頃に母が男性とキスをし、抱き合っている所を見たユカは、同じくそれを見た教会の神父様から「あれは悪いものです!」と教えられる。
神父は売春を悪いものと教えたのだけど、母から男を喜ばすことが喜びと教えられているユカは売春や情事自体を悪とは考えられなかった。
しかし神父様の言うことは必ず正しい。

この矛盾を解消する答えとして、そのとき母と男がしていた「キス」が悪いものなのだろうと解釈する。
キスを避けることによって、母の行為や自分の幸せを疑うことを避けているのだ。

ユカはピュアで疑うことを知らない娘だけど、小さい頃に人間的な幸せを得られなかったユカにとって、愛する母と信仰を盲目的に信じることが自分を守るすべだったようにも思う。

ユカはパパから取引先と寝るように頼まれたことを恋人に伝えてしまい、恋人の修は激怒する。
そのときにユカは「修にはキスしてもいい」と言うのだけど、修には、単にご機嫌取りとしてめったにしないキスをしてあげる、という意味に捉えられてしまった。
でもきっとあの言葉は、どんな悪でも修のためにならやってあげる、というユカの強い愛情を示した言葉だったのだと思う。

人形が人間になる時

ユカはあんなにも避けていたキスを強引に、しかも自分の望まない相手にされてしまう。
ショックを受けて唇を擦りながら出て来るユカを労るパパ。
そのあと二人は踊り、海へ沈むパパを見捨ててユカは歩き出す。

ユカは多分、心のどこかでは、本当に悪いのはキスではないと知っていたのだろう。
ただそれを信じなければ母の教えや今までの自分を疑うことになってしまうので、信じることで自分の心を頑なに守っていたのだと思う。

劇中で人形が度々でてくるが、加賀まりこの人形的な美貌とも相まって、ユカは時折人形のように見える。
ユカは母と信仰と男たちの間で、美しく汚れのないピュアな人形として生きていたのかもしれない。

恋人の修に対しては、今までの自分の心が崩れてもいい、人形でなくなってもいいと思いキスを許したのに、実際には望まない相手に無理強いされ、激しいショックを受ける。

ユカにとってキス=悪いことは現実のものとなってしまった。
同時に、男を喜ばせることが喜びと思えない経験になってしまい、今までの価値観も壊されてしまう。
ユカにとって、海に沈んでいくパパを見捨てるのは、きっと無理やりされたキスよりは悪ではなかったのだろう。

全く明るい話ではないのだけど、人形のようだったユカが「あー、ったく、なんだかな〜」と、人間くさい顔でスタスタと歩いて行く、その後ろ姿が妙に微笑ましい最後だった。